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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)11074号 判決

原告 別所力三

右訴訟代理人弁護士 繩稚登

被告 原田柳子

右訴訟代理人弁護士 岡本喜一

同 山中洋典

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  原告本人の供述とこれにより訴外亡宮本友吉の意思に基づき作成されたものと認めうる甲第三号証中の右訴外人作成部分とによれば、原告は昭和三八年一〇月三〇日、右宮本との間に原告主張のとおりの準消費貸借契約を結び、この契約において宮本は原告に対し金二〇〇万円を昭和三九年四月三〇日までに返還する旨を約したこと、およびその際宮本は被告の代理人として宮本の右契約上の債務につき被告が宮本と連帯して履行の責に任ずる旨を約したこと、を認めることができ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

二  しかしながら、宮本が被告の右連帯債務負担の契約締結につき被告から代理権を与えられていた旨の原告の主張事実についてはこれを認めるに足りる確かな証拠がない。すなわち先ず前記甲第三号証(借用金之証)の内の被告作成部分の記載内容は、その成立の真正が認められるならば右の原告主張事実認定の証拠とするに足りるものである。しかし、右書証の成立を直接認めるに足りる証拠はなく、被告名下の印影が被告の印章により押捺されたことは当事者間に争いがないとはいえ、他方被告本人の供述によれば被告は右の印章を自ら押捺したり他人に押捺を頼んだりしたことも全くない事実が明らかであるので、前記争いない事実のみによっては右の押印が真正になされたことを推認しえず、したがってまた右書証の成立の真正を推定することもできないから、右書証の記載内容を本件事実認定の資料に供することはできないといわざるをえない。

また、≪証拠省略≫を総合すると、宮本は昭和四二年九月三〇日頃、本件二〇〇万円のほかに金一五万円を原告から借り入れていたところ、昭和四三年五月二八日に宮本が死亡した後に原告から右金員の返済の請求を受けた被告は、同年末頃までの間に原告に対し右金員の内金八万円を支払った事実が認められ、この認定の妨げとなる証拠はない。そして右一五万円の貸借に際し、原告と宮本との間に作成された借用証(甲第九号証)も前示甲第三号証と全く同じ様式、体裁のものであることを併せ考えると、被告は右の甲号各証中被告作成部分の成立を否認するにかかわらず、本件二〇〇万円の債務をも含めて自己の連帯債務負担の事実を当初から承認していたことを窺いえないわけでもない。しかし、他方、≪証拠省略≫によると、前示の金一五万円は宮本が被告の大切に所持していた白檀の三味線を勝手に持出して担保に差入れることにより原告から借入れたものであるが、右の三味線を預った原告もその処置に困ってこれを金員の返済を待たずに被告に返還したものであること、右の原告の処置に感謝していた被告は宮本の死後原告から金一五万円の返済を迫られると、右の金員につき自ら返済の義務を負担すべき理由はないが嘗ての原告の好意に酬いる趣旨で前認定の八万円を原告に支払ったものであること、を認めることができ、この認定の妨げとなる証拠もない。そうすると、前認定の事実があるからといって、それだけでは被告が原告主張の連帯債務の負担の事実を承認していたものと即断することはできないというほかない。さらに、宮本の死後、原告の本件債務の履行の請求に対し、被告が明白にこれを否認する態度をとらなかった事実は原告本人の供述により窺いうるところであるけれども、右の事実も原告の主張事実を肯認させるに充分なものとはなしがたく、以上に検討した以外には右の事実を認めるに足りる証拠はない。

三  次に、被告が宮本と内縁関係にあった事実は当事者間に争いがないから、宮本は民法第七六一条により両者の共同生活に関する日常の家事については被告を代理する権限があったものと解すべきである。しかし、被告が宮本に対し、右の法定代理権のほかに他に何らかの代理権を与えていた点についての何の主張も立証もない(≪証拠省略≫によれば、被告所有の不動産が宮本もしくはその主宰する会社のために何度か担保に供された事実は認められるけれどもこの事実があるだけでは被告が宮本に対し右の担保提供についての代理権を与えていたと認めるには足りず、かえって、≪証拠省略≫によれば、これらの担保提供はすべて被告の不知の間に宮本が勝手に行なったものと認められる。)以上、宮本の右の法定代理権を根拠として直ちに民法第一一〇条による表見代理の規定を適用すべきものではなく、契約の相手方である原告において本件契約が被告らの日常家事の範囲内に属するものと信じ、その信ずるにつき正当の事由を有していた場合にのみ右の表見代理の規定を類推適用すべきものと解するのが相当である。そして≪証拠省略≫によれば、宮本は終戦直後から芸妓置屋をしていた被告方に同居し、昭和四三年に死亡するまで被告と内縁関係にあったこと、宮本は当時繊維類のブローカーとして、時に莫大な収益を挙げたこともあったが、時によっては損失を蒙ることもあり、女遊び等のための浪費もはげしかったので、金融業者等から多額の金員を借り入れたことも度々あったこと、そのため宮本は被告との共同生活のための費用を支出したことは殆んどなくその費用は専ら被告の営業収益によって賄われていたこと、原告からの本件借入金もそのような状況の中で被告の知らない間に宮本が借入れたもので、この金員も被告との共同生活のための費用には充てられなかったこと、原告は終戦の頃に死亡したその姪が宮本と内縁関係にあったため、古くから宮本と知り合い、戦後も宮本および被告と交際があったこと、を認めることができる。≪証拠判断省略≫以上の事実に本件借入金の二〇〇万円という金額は一度に借入れられたものではなく、二、三年の間の何回かの借入金を合計したものであるにしても、被告と宮本との共同生活の日常の支出に充てる金員としては高額に過ぎると考えられること等を総合するときは、原告が本件貸付に際し、それが宮本と被告との共同生活の日常家事の範囲内に属するものと信じていたものとは認めがたいし、そのように信じても無理ではないといえるような事情があったものとも認めがたい。

四  そうすると結局、宮本が原告主張の契約を結ぶについて被告を代理する権限を有していたことおよび右の契約につき表見代理の規定を類推適用しうる事情の存することはいずれもこれを認めることができないから、原告の被告に対する本訴請求は失当として棄却を免れない。よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秦不二雄)

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